
統合失調症と診断されて、自死を考えなかった人はいるのだろうか。
病気になったばかりの僕は、本気でそう思っていた。未来という言葉だけが遠くへ行ってしまって、希望はどこにも見当たらなかった。毎日は出口のない長いトンネルみたいで、歩いている感覚さえなく、ただ暗闇の中に立ち尽くしているだけだった。
実際、最初の3年ほどは陰性症状が重く、身体は思うように動かなかった。1日に20時間近く眠る日もあった。起きている時間も、生きているというより、ただ時間の上に横たわっているだけだった。
「何のために生きているんだろう」
「生きる意味なんてあるのだろうか」
そんな問いだけが、働かない頭の中をゆっくり回り続けた。答えは出ないのに、考えることだけはやめられなかった。
それでも僕が自死を選ばなかった理由はいくつかある。1つは、陰性症状があまりにも重く、身体が思うように動かなかったこと。そしてもう1つは、父の存在だった。
父も統合失調症を患い、自死している。
自死をすれば、自分の苦しみは終わるのかもしれない。でも、その苦しみが消えるわけではない。残された誰かが、その続きを抱えて生きることになる。
僕自身、父の自死が病気の引き金の1つになったのではないかと思っている。
だから、自死は苦しみを終わらせる方法ではなく、苦しみの受け渡しなのだと知った。皮肉なことに、僕を深く傷つけた父の死が、今度は僕を引き留める理由にもなった。
長い間、生と死について考え続けた。
ある日、本当に頭の中で何かが切り替わったような感覚があった。プツン、と小さな音がしたわけではない。でも、それまで何度も向かっていた思考の回路が静かに閉じた。
それ以来、自死について考えようとしても、その回路だけが反応しなくなった。
ずっと生と死を見つめ続けたことで、ようやく自分の中で何かが整理されたのかもしれない。理由は今でもよく分からない。ただ、以前とは違う景色を見ている自分がいた。
すきゾ!という希望
統合失調症当事者LINEグループ「すきゾ!」は、絶望の淵に立っている人が、ほんの少しでも希望を見つけられる場所であってほしいと思っている。
僕は今でも、自分は重い当事者だと思っている。
それでも50歳で結婚し、子どもが生まれた。
朝起きると家族がいて、泣き声が聞こえて、ご飯を作って、笑ったり慌てたりしながら1日が終わる。昔の僕には想像もできなかった日常が、今は当たり前になっている。
あの頃の絶望を知っているからこそ、この当たり前が、どれほど特別なものなのか分かる。
今、苦しみの中にいる人も、その景色だけが人生のすべてではない。
振り子は、止まったように見えても、いつか反対側へ振れ始める。
Every end is a happy end.





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