
かなり昔から、日本では子どもの自殺が問題になっている。
その中には、精神疾患を抱えていたと思われる子どももいる。
PureLightの方々が中心となって、「義務教育からの精神疾患教育を!」という署名活動をして国会に提出した。精神疾患の教育がすでに始まっている地域もある。近いうちに、義務教育の中で精神疾患について学ぶことが当たり前になるのかもしれない。
それは、とても大切なことだと思う。
ただ、少し気になることがある。
子どもの人口は年々減っているのに、子どもの自殺者数は増えている。
子どもが減っているのに、子どもが死んでしまう数は増えている。
数字だけを見ると、なんだか国全体が静かに矛盾しているように見える。
子どもが生きる希望を失ってしまう国は、たぶん大人にとっても生きづらい。
子どもだけが特別に生きづらいわけではなくて、その生きづらさは、大人になると少し形を変えて、別のところに現れているだけなのかもしれない。
僕自身、統合失調症になってから、ずいぶん長いあいだ生きづらさを感じてきた。
病気になったことで、普通にできると思っていたことが、普通にはできなくなった。
それでも、病気になった人間も、毎日を生きている。
悩むし、落ち込むし、面倒くさくなるし、たまにはくだらないことで笑う。
ご飯を食べて、子どもの成長を喜んで、家族と過ごして、今日はちょっと調子がいいなと思ったりする。
結局、病気があっても、生活は生活なのだ。
もし僕らが、統合失調症を抱えながらも、特別な人間としてではなく、普通の人と同じように悩みながら、笑いながら、毎日を楽しんで生きている姿を発信できたら。
それは、ほんの少しだけ意味のあることなのではないかと思う。
「病気になっても、人生は続く」
そんな当たり前のことを、実際に生きている人間が見せること。
障害者が生きやすい世界は、たぶん障害者だけが得をする世界ではない。
そこには、子どもも、大人も、病気の人も、そうでない人も、少し息をしやすくなる余白がある。
障害者が生きやすい世界は、きっと、普通の人にとっても生きやすい世界なのだと思う。
だから僕は、今日も普通に悩みながら、普通に生きている。
それだけでも、案外、誰かの希望になっているのかもしれない。




コメント