
統合失調症になると、人との関わりが少なくなってしまう人は少なくない。
症状そのものが人を疲れさせることもあるし、傷ついた経験から人間関係に慎重になることもある。外に出ることがおっくうになり、気づけば一日中誰とも話さずに終わる日が続いていた、という話もよく耳にする。
もちろん、一人でいる時間は大切だ。一人だからこそ落ち着けることもあるし、自分を守るために距離を取ることが必要な時期もある。
けれど、人は不思議なもので、一人だけでは見えない自分というものがある。
誰かと話して初めて、自分の考え方の癖に気づくことがある。誰かの何気ない一言によって、長いあいだ抱えていた思い込みがほどけることもある。あるいは、自分では当たり前だと思っていたことを褒められて、初めてそれが自分の長所だったと知ることもある。
人は鏡のようなものなのだと思う。
自分だけの世界にいると、自分の姿はなかなか見えない。けれど、人との関わりのなかでは、思いもよらない角度から自分を知ることができる。
受験戦争とZ世代
僕自身、そのことを身をもって感じている。
僕は、いわゆる「受験戦争」と呼ばれた時代を生きてきた人間だ。子どもの頃から、勉強をして、良い学校に行って、その先に進まなければならないという空気のなかで育った。
当時はそれが当たり前だったから気づかなかったけれど、振り返ると、いつも何かに追われていたように思う。
立ち止まることよりも前に進むことが大事だった。休むことよりも頑張ることが評価された。
その感覚は大人になってからも、どこか身体の奥に残っていた。
すきゾ!を始めてからもそうだった。
今なら笑い話のように語れるけれど、当時は本当に一日中パソコンやスマートフォンに張り付いていた。誰かからメッセージが届けば返信し、新しい相談があれば目を通し、グループで何か起きていないか気に掛ける。
寝る前にもスマホを確認し、朝起きて最初に見るのもスマホだった。
自分では、それほど無理をしているつもりはなかった。むしろ、好きでやっているのだから大丈夫だと思っていた。
妻に感謝💕
ところが、そんな僕を見ていた妻の印象は少し違ったらしい。
妻はZ世代だ。
ある日、何気ない会話のなかで言われた。
「いつも何かしてるよね」
その言葉に、少し驚いた。
自分では普通に過ごしているつもりだったからだ。
けれど、妻から見た僕は、じっとしていることが苦手で、何かに追われるように動き続けている人だったらしい。
休んでいるように見えても、頭のなかでは次のことを考えている。何もしない時間があると、なぜか落ち着かなくなる。
まるで、自分でも気づかないうちに「急がなければならない」という号令を鳴らし続けているようだった。
そんな僕に対して、妻は時々こう言う。
「焦らなくていいよ」
本当に短い言葉だ。
けれど、その一言には不思議な力があった。
最初は「いや、焦ってなんかいない」と思っていた。しかし何度も言われるうちに、もしかすると自分は思っていた以上に焦りながら生きてきたのかもしれない、と考えるようになった。
少し遅れてもいい。
全部を抱え込まなくてもいい。
今日できなかったことは、明日やればいい。
そんな当たり前のことを、僕は妻との関わりのなかで少しずつ学んでいる。
もし一人で生きていたら、この変化はなかったかもしれない。
自分の考え方は、自分一人ではなかなか変えられないからだ。
人との関わりは、ときに面倒で、ときに傷つくこともある。
けれど同時に、人を思いがけない方向へ成長させてくれる。
自分にはない価値観と出会い、自分にはなかった視点を知り、自分が当然だと思っていたことを見直すことができる。
その積み重ねのなかで、人は少しずつ変わっていく。
飛躍的な成長というのは、案外、立派な成功体験や特別な出来事から生まれるものではなく、誰かとの何気ない会話や、「焦らなくていいよ」という一言から始まるのかもしれない。
統合失調症当事者Lineグループ「すきゾ!」の可能性
その意味で、すきゾ!という場所には大きな可能性がある。
Lineの向こうには、いつでも誰かがいる。話を聞いてくれる人がいて、共感してくれる人がいる。そして時には、これまで知らなかった考え方を教えてくれる人もいる。
さらに、オフ会などを通して、画面の向こう側にいた人と実際に会うこともできる。
文字だけだった人に声があり、表情があり、笑い方があることを知る。
そういう体験は、自分の世界を少しだけ広げてくれる。
大きな勇気は必要ない。
ほんの少しだけ、いつもより半歩前に出てみる。
メッセージを一つ送ってみる。オフ会の参加ボタンを押してみる。誰かの投稿に「いいね」を付けてみる。
その小さな一歩が、思いがけない出会いや変化につながることがある。
人は一人でも生きていけるかもしれない。
けれど、人との関わりのなかでしか得られない成長も、確かに存在する。
だからこそ、もし今、少しだけ勇気を出せそうなら、その一歩を踏み出してみるのも悪くないのだと思う。そこには、まだ知らない自分との出会いが待っているかもしれないのだから。




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